連載第六回 「激闘 ! 28分の闘い

 年が明けて平成12年になりました。また出直しとなったこの年に新たなる戦いの幕が開かれていきました。この年の4月に全国少年大会が守口総合体育館で開催されました。このときには、現在黒帯をまいている荒堀絢美、高橋尚也、笠原祐貴、荒堀和也、川野新悟や公級の名取優樹、高橋由実等がいました。一昔と違い、彼らたちは少年部で、そこそこの活躍をしていました。その中で、荒堀和也と川野新悟の影に隠れてまったく日のあたらない選手が一人いました。長谷勇典です。彼は私の目からもかなり地味な子供にしか見えませんでした。いつも少年の大会が終了すると長谷勇典のお父さんがやって来て、しごいて下さいという言葉がおきまりでした。しかし、これだけお父さんも熱心なので、家で褒めてあげてほしいとよく話しをしていました。常々、日本式指導というのは短所を詰めるということが多いからです。試合が始まりました。小学6年の部のベスト4に川野新悟と長谷勇典が残っていました。準決勝で川野新悟は惜敗し、長谷勇典は快勝しました。私を含めて白虎会の皆も驚いていました。いよいよ決勝戦が始まりました。相手は昇龍館摂津の橋本君でした。いままで、橋本君には勝ったこともなければ、惜しい試合をしたこともなかったのです。一月前の少年のリーグ戦で長谷勇典は0勝4敗でしたから、ここまでよくきたものだと感心していました。試合が始まり一気呵成に攻め立てて、1本を先取しました。後ろの観覧席の白虎会のご父兄軍団が大喝采していました。続いて2本目も攻め続けて、1本の旗が高々と上がりました。こんな目立たなかった子供が優勝してしまいました。試合終了後に長谷勇典のお父さんが目を充血させながら挨拶に来られました。「ありがとうございます。拳法を続けさせて良かったです。」私も嬉しかったが、お母さんからは「先生は優勝するとは思わなかったでしょう」と辛辣な言葉をいただきました。表彰式のときに、長谷勇典が賞状を手に取る姿に万感の思いがありました。無の心が優勝につながった良い例の試合でした。一月前に4戦全敗でオール0-2で負けた男が5戦全勝のオール2-0という変身を遂げました。その後に地元の枚方広報に長谷勇典の優勝記事が取り上げられました。現在は怪我になかされていますが、同期の中3カルテットの荒堀和也、川野新悟が初段。名取優樹が公級と水をあけられたが、このときのことを思い出して頑張ってほしいものです。


        枚方広報  平成12年5月15日号 掲載

 
この年全日本社会人大会は、1回戦から危なげなく勝ち上がり、準決勝で箕面市拳法連盟とぶつかりました。酒辺健一が橋本さんに完敗し、まず先制されました。勝負どころでの酒辺健一の勝負弱さを露呈した試合内容でした。続いては田中成幸が峰地さんに敗れて早々と王手をかけられました。続く西村哲男は黒田さんに勝利し、水木智司にバトンを渡しました。水木智司は粘る中田さんを振り切って逆王手をかけました。続いては、野島貞治でした。昨年は劇的な試合をしましたが、この一年間稽古をあまりしていなかった野島貞治はこの試合で思い知らされました。金新さんに徹底的に攻められての完敗でした。試合終了後にミーティングをしていましたが、若いこのメンバーに勝ちたいという貪欲差が見えてきませんでした。そして、もう一枚が足りないというのが現状でした。最近よく稽古に来ている谷川誠を来年はメンバーにいれようと考えました。


 平成12年の第6回白虎会優勝大会が枚方市の渚ドームで行われました。この大会の前に、白虎会大会に景品と協賛の足懸かりを作ってくださった川野寿彦さんが、会社を辞めて別の会社に行くので、今年は景品集めがむずかしいと言われました。川野寿彦さんには、今までたくさんのことをしていただいていたので感謝で一杯でした。しかし、白虎会のメンバー達は川野寿彦さんが駄目だから無理なのではという言葉が帰ってきました。最近の子供はと言う言葉をよく聞きますが、本当に他人まかせである、この若者達に渇をいれました。何事も行動する前から評論家になっている若者が多いのも残念だったのです。それならば自分達でしろと言いながら、協賛に走りました。大会前にはなんと110万円のお金が集まっていました。日本拳法の道場からはほとんどお金をいただいていませんでした。そして、二段以上の部の優勝者には海外旅行のペアチケットを用意しました。私の考え方なのですが、普段から試合に参加させてあげているという主催者の気持ちが強いと思っていました。試合はたくさんの人が集まらないと出来ません。また、少年の役員をやっていて子供達が将来は白虎会大会で優勝して、海外旅行と景品の山を持って帰りたいという夢を持ってほしかったのです。そして、試合が終了しました。初めての海外旅行のチケットと豪華景品を手にしたのは水木智司でした。身内でたいへん申し訳なかったのですが、西郷さんが怪我で棄権したために、ついでに三代目のチャンピオンになってしまいました。勝利者インタビューで水木智司は海外旅行はお世話になっている山本会長に差し上げたいと思いますと涙が出そうなことを言ってくれました。水木はいい男だなぁと思いました。後日、水木智司が家族でグァムに行き、土産はチョコレートでした。落差の違いに呆れましたが、さすが水木智司だなぁと思いました。話しが横道にそれてしまいましたが、すぐにあきらめずに少しでもやってみようという気持ちがあれば物事は実行できるということがわかってもらえて良かったのでした。


 年が明けて平成13年になりました。この年に、私が所属している枚方青年会議所{JC}に、友人の岡山晋に頼んで、伏見工業ラグビー部総監督の山口良治先生に講演に来ていただきました。この岡山晋という男は中学時代からの親友で、現在もNTTのラグビー部で活躍するラガーマンです。また、岡山晋の兄の毅さんは浪商高校ラグビーの全国準Vのときの主将でした。負けず嫌いの岡山晋とは、とにかくどんなスポーツでも強いチームを倒したいという気持ちが同じでした。また、神戸製鋼が全盛期に、なんとか神戸製鋼を倒したいと、しつこく語っていた男でした。今の白虎会の筋トレは、この岡山晋が発案してくれた内容が多いのです。さて、山口先生は10周年物語の第一回にも掲載させていただきましたが、私の憧れの人でした。山口先生に白虎会のことを相談してみました。いつも惜しいところで負けるという話しをしました。すると山口先生が、「ずっと伏見のラグビー部もそうやったんや、いいところまで勝ち上がるとその位置に満足しているのと違うかなぁ」と言われました。また、先生はまず試合前に試合を想定してみて、勝ったあとの自分を想像してみるといいとも教えていただきました。山口先生と飲みに行き、しばし歓談後に山口先生を車で家に送っていきました。山口先生は「山本君、今日はありがとう。今から語ろうや」と言ってくれました。車が走りだして先生に話しかけると、いびきをかいて眠っていました。我が道場の誰かさんと似ていると思いながら、山口先生の指をみると子持ちししゃものように曲がっていました。別れ際に山口先生から「君が腐らんと頑張らなあかんで、願いは叶うよ」と言われて別れました。私にとってはたくさんの栄養をいただきました。いよいよ団体戦まで間近となりました。


伏見工業高校 ラグビー部 総監督  山口良治先生
ドラマ「スクール・ウォーズ」のモデルとなり
NHK 「プロジェクト X」でも特集されている


 平成13年の全日本社会人選手権が阿倍野スポーツセンターで開催されました。新たに、谷川誠を加えての新布陣でした。谷川誠は元々関西学院大学の日本拳法部出身ということで、杉岡康義監督に電話をして、白虎会で試合に出させてほしいと頼みました。野島貞治の時もそうだったのですが、私は常々各個人が大学OBになればどこで何をしていようと自由だと言う人もおられますが、その意見にも賛同できますが、日本拳法を続けるとなれば、必ずOBの方々と会うのですから、会ったときに気持ちよく応援してもらえる環境を作ればいいと思っています。しかし、最近ではそういうことを理解してくれない子供達も多いのも事実です。個人主義や自由主義といいますが、付き合い下手と良いブレーンができなくなる環境を作るのが上手子供が多いのも事実です。 

 さて、試合が始まりました。2部の試合は早々と敗れてしまい、1部の選手の出番を待っていました。一回戦は三密会Bチームでした。今年の団体戦で一番調子が良かったのが、酒辺健一でした。谷川誠が入団してからは目の色を変えて稽古をしていました。しかし、練習の遅刻は全然直りませんでした。いよいよ試合が始まり5-0で勝利しました。2回戦は濫觴会さんとでした。第一試合で酒辺健一が相手選手を場外の黒板までふっとぼして先勝しました。二回戦は谷川誠が香美先生に0-2で敗れてしまいました。1、2回戦と谷川誠の動きが冴えていませんでしたが、香美先生の老獪さに翻弄されてしまいました。中堅の西村哲男は2-0で取り、王手をかけました。続いては原田勝志が橋岡さんに0-2で完敗しました。これでイーブンになり、大将戦となり水木智司と森口保さんとの戦いでした。ここで、水木智司が果敢に攻めての1-0で勝利して3回戦に駒を進めました。次の相手は八志会さんとでした。相変わらず酒辺健一が好調で谷川誠の動きが悪かったが、5-0で勝利しました。5-0で勝利すると必ず気が緩むので、休憩時間に渇をいれました。続いての相手は宿敵の藤友クラブさんでした。天道会さんの後は藤友クラブさんが覇権を握っていました。いよいよ試合が始まりました。先鋒は酒辺健一でした。またもや一気呵成に攻めて2-0で完勝しました。次峰は谷川誠でした。相手の青山さんと膠着状態が続きましたが、終盤はじけて2-0で勝ち、王手をかけました。続いては野島貞治でした。相手の岸本さんに完敗しました。この2年間はろくろく稽古もしていませんでしたから、仕方なかったかもしれません。続いては西村哲男でした。相手は朝倉さんでした。序盤は膠着状態でしたが、西村哲男が先制の1本を先取しました。続いて、朝倉さんを投げて決めようと一気呵成にいきましたが、丁寧にいかなかったのが災いして、逆に1本を取られてしまいました。1-1となり3本目は、またもや投げた後に返されて、逆転負けを喫してしまいました。あそこまで攻めて敗れたことはチーム自体に逆風でした。勝負に勝って試合に負けるという典型的な試合内容でした。勝った朝倉さんも元々は龍谷大学の主将でしたから、ここぞというときには責任感を果たすということができる人間だったのでしょう。逆王手です。いよいよ大将戦でしたが、水木智司と増田さんとの戦いでした。横を見ると隣のコートで今からもう1方の準決勝が始まるところでした。ここで、勝てば決勝まで選手達を少しでも休憩させれると思ったのですが、これから始まる試合がよもやの事態になるとは思いもしませんでした。試合が始まりました。膠着状態が続いてしのぎあいが続きましたが、これといった決め手がなく3分が過ぎました。続いては代表戦となりましたが、もちろん水木智司をそのまま試合に出させました、相手も同じく大将の増田さんでした。膠着状態は更に続いてついに10分が経過しました。ここで、水入りになりました。隣を見るともう1方の準決勝が終わっていました。そして、試合がまた始まりました。両者とも決めてに欠き、また10分が経過しました。この間に何度も場内放送がかかりました。「時間が押しています。早くしましょう」という内容でした。回りにいるギャラリーからも失礼なアナウンスだとぶつぶつ聞こえてきました。しかし、そのアナウンスは両者が試合をしている間もやめなかったのです。水木智司には雑音に負けてほしくなかったのですが、ここで、二度目の水入りとなりました。最初の引き分けを含めると三回目の水入りでした。三審制となり試合が続行されました。5分ほど過ぎたときに水木智司が安易に攻めて行きました。「あかん」と大声を出したときには時すでに遅しで増田さんの突き蹴りが決まっていました。しばらく重たい空気が流れましたが、広津良幸に何分試合したんやと聞くと、28分14秒ですという返事が返ってきました。選手は脱力感に溢れていました。負けたから言うのではないのですが、あのアナウンスは考えてほしかったものです。試合後水木智司も気が散って仕方なかったと漏らす通り、配慮してほしいものです。藤友クラブの宍戸さんが、挨拶に来ていただき、「あいつら名人戦しとったなぁ」と笑顔で話しをしました。後一歩で勝ちを逃すといったことでは、一番白虎会の将来にとってはいい試合ではなかったのでしょうか。この試合のせいからか、翌年からは延長戦は1分となり、それでも決まらない場合は判定ということになりました。二度とこんな長い試合は見れないのです。この試合を見ていた奥田新太郎、笠原祐貴、高橋尚也は感動したと言葉を残しました。この子達が翌年様変わりするとは私も予想していませんでした。
 


 
次回は「育ってきた若い力と寝不足レポート。そして境川親方の人情物語」です。
 11月25日の掲載予定です


連載第1回日本拳法と三人の軟弱後輩との出会い」

連載第2回「白虎会誕生と涙の別れ」

連載第3回「運命を変えた道場との決勝戦」

連載第4回「グァム遠征と一年越しの天道会との再戦」

連載第5回「奇跡が起こるか白虎会の執念」